聖霊降臨後24主日 逝去者記念礼拝説教

司祭 ペテロ浜屋憲夫

 本日は、例年通り111日の諸聖徒日、2日の諸魂日に一番近い主日ということで、逝去者記念礼拝と言う趣旨でこの礼拝を行い、また、この礼拝の後、教会墓地での礼拝も行いますので、私のお話もしばらく続きましたマタイの福音書のお話から離れて、(福音書の内容が大分厳しい話なので、私の話も厳しい話が続きました。)この1年に一度の、逝去者を覚えて祈る日にあたって思いますことを、自由にお話させていただきたいと思います。

 最近人の死、人が亡くなるということについて考えさせられる経験をいくつか致しました。そのことをお話したいと思います。一つは、若くして亡くなった私の友人のことです。

 二週間位前に下鴨幼稚園の主任さんから電語がありまして、幼稚園の倉庫を整理していたら浜屋先生の私物が出てきたのでどうしましょうかとおっしゃるのです。私どもの教会がしたように、幼稚園の不要物を大整理して捨てるものは捨てるのだとのことです。それは、どんなものですかと聞きましたら、レコードと楽譜と色紙のようなものだとのこと。引越しのときに持っていくのを忘れたもののようです。レコードと楽譜でしたら、やはり捨てるのは惜しくて、取りに行きますよから残しておいてくださいとお願いをして、取りにいってきました。

 そして、中身を見ましたらレコードと楽譜はやはり捨てなくて良かつたものなのですが、思いがけなかったのは、色紙でした。それは、私が神学校に入る直前に友人達が送別会を開いてくれた時に、集まった友人達が書いてくれた寄せ書きだったのです。

 私は、30歳の時に教会に行きまして、それから十ケ月で神学校に入学したのです。教会に行き、神学校に入学してから、私がおつきあいする人は以前とはすつかり変わって、殆ど教会の人ばかりになってしまったのですが、その送別会に集まってくれたのは、教会の友人達ではなく、私が働いていたジヤズ喫茶に集まっていた仲間達だったのです。その中に一人だけ日本キリスト教団の信者さんで、お兄さんが牧師さんという方がいましたが、殆どは教会とは関係の無い方ばかりだったのです。その人たちが、私が富山を離れ、京都の神学校に入って牧師になる勉強をするというのでお別れに集まってくれたのでした。

 思いがけなく出てきた色紙が懐かしく、時聞を忘れて一人ひとりが書いてくれた言葉を読み、味わいながら、思い出にふけったことでした。そして、その思いがけない、突然の懐かしさの中で、私の心をひとしおに打ったのは、寄せ書きを書いてくれた友人の中ですでになくなってしまっている二人の友の言葉でした。 一人は、私とほぼ同い年、集まってくれた友人の中で一番の親友でした。彼が、そもそもこのお別れ会を企画して友人たちを集めてくれたのでした。当時は、彼も私も30歳になるかならないかの年齢でした。彼は、もうそのころから悪かった肝臓の病気で40歳を少しすぎたくらいの年で亡くなったのでした。

 私は、この色紙のことはすっかり忘れてしまってたのですが、彼は、何と、「愛」という言葉を書いてくれていたのでした。その頃の、私が「愛」という書葉について彼と話したことなんかありえないのですが、彼はその言葉を神学校へ行く私へのはなむけに書いてくれていたのでした。彼は、大学時代に哲学を専攻していましたから、クリスチャンではありませんでしたが、私がどんな仕事につくのかだいたいわかっていて、この言葉を選んだのでしよう。

彼の書いてくれたこの言葉、彼の書いた字をながめながら、離れた土地で彼の亡くなったのを聞いた時のショックを思い出したことでした、詩編の23編に「死の陰の谷を歩んでも」という言葉がありますが、私の人生で一番暗かった時期を一緒に過ごしてくれた友でした。

 既に亡くなっているもう一人は、私よりも大分若い女性の友人です。絵がとても上手な方でした。彼女が書いてくれた、キース・ジャレャレットというジヤズ・ピアニストの絵を随分長く私の書斎に飾っていたのでした。この友人は、30歳にもならない年で亡くなりました。非常に稀な目の病気で、最後には両方の目を摘出しなければならなくなったのでした。

 よりによって、あんなに絵が好きだった彼女が最後に目をなくすことになるなんて、なんという残酷なことを神様はなさるのかと思ったことでした。彼女がその色紙に私のために書いてくれていた言葉は、何と「私は、あなたを描きたい」という言葉でした。私は、彼女がその目の病気になってから病院にお見舞いにも行きましたし、彼女のお葬式にも出席したのですが、不覚にも彼女がこの寄せ書きに、こんな言薬を書いてくれていたことは、すっかり忘れていたのでした。ですから、この「私は、あなたを描きたい」という実現されることのなかった彼女の言葉は、私の胸に刺さるような感じがしたのでした。

 この二人の友人はもうこの世にはいないのですが、今この二人が書いてくれた言葉は私の胸に深く響いて語りかけてきます。人が亡くなっても、言葉が残る。ただ残るだけでなく、カを持って残る。私は、その若くして亡くなった二人の友人が自分たちの生き足りなかった分を私に生きてくれと言っているように思えたことでした。

 そして、その気づきから、私が考えさせられたのは、私たちの信仰の原点であるイエス様のご復活ということについても、私達は同じような経験をしているのではないかということでした。イエス様の生き足りなかった分を私達がささやかだけど、一生懸命に生きる。ペテロの行き足りなかった分、パウロの生き足りなかった分「ヨハネの、ルターのカルヴァンの、ウイリアムズ主教さんの.......

 私達の信仰の先達たち、またこの世に生を受けて出会ってきた家族、友人達の命また信仰の希望のようなものを引き継いで私達は生きる。そして、そのように生きることによって、私達は自分自身を超えた命を生きることができるのではないのかと思ったことでした。

 私達が年に一度、この特別な日を設けて逝去者の方々のお名前を挙げて祈るのは、ただ亡くなられた方を偲ぶということだけではなく、今を生きている私産の生は、先に逝かれた方々の生につながっているのであるということ、先に行かれた方々に励まされながら私たちはこの今を生きているのであるということを、今一度思い起こすことにあるのではないかと思うのです。

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